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日本
2011 / 03 / 17 ( Thu )


東北地震後初の更新です。

何を言っても浅い気がしてならないし、何を言っても自分で白々しいと思えて仕方ないので

幼稚園からの友達で今でもよくこのブログにコメントをくれるシンガーソングライター・香蓮が作ったこの歌を載せます。

かん、ありがとう。

きっと沢山の人たちの想いを代弁してくれて、感謝している人が大勢いるはず。








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01 : 06 : 32 | message | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
2011 / 03 / 07 ( Mon )



一昨年の春は、こんな綺麗な桜が咲く場所で過ごしてた。自分の日記でも好きなひとつ。

http://akatsuki518.blog43.fc2.com/blog-entry-338.html


死守した土日休みを、修士論文を「書こう書こうと思いながらひたすらダラダラパソコンに向かう」 に費やしましたあっこです。

日曜はルーミー陣と近所にちょっくら買い物に出かけ、いつものベトナム料理でわいわい食べて、しばし笑って過ごしました。

MIAだったルーミー、N氏も無事チャイニーズギャングの追っ手を逃れ無事生還(笑)


なんかただ自分が人と一緒に居るってだけで嬉しくなるような時間が今日はありました。

ただ、そこに見慣れた顔がいくつもあって一緒にご飯を食べられる そんなことにやたら感謝できてしまう日でした。

いつも何をそんなに孤独に感じているのか、サッパリ分からんよ。冷静になれば。

I am my own enemy なのは間違いない。寂しさとか孤独感をむやみに恐れてしまって逃げ道を探してわらをもつかんでしまいたい気持ちになるのはなんでだろ。

「独り好きの寂しがりや」 は理不尽ながら存在するよね。


明日からまた仕事かけもちー。

おやすみなさい。





07 : 24 : 47 | ラスベガス生活 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
A place called heaven
2011 / 03 / 06 ( Sun )


中学校から高校の6年間は私は体操ばーっかりしてた。あんまり家にいなかった。

合宿や遠征で色んな土地に行っては、宿泊先の旅館やホテルの屋上を探して、親友なっちゃんと二人で夜空の下で缶ジュースを飲んで語り合ったりしたものです。(ビールじゃないとこがかわいい)

楽しかったなー。大人になってもそんなこといつでも出来る友達といられたらいいな。

夏に路上でチューハイ飲んだり、真夜中に浜辺行って花火したりお酒飲んだり。

実家の隣の池の土手でシャンパンあけて、水辺がキラキラ光って、男の愚痴大会(笑)

トイレないなんて気にしません!華の26歳!


今年の夏は宮崎でそんなこといっぱいしたいなー!

きっと今のグレイな感情なんてきれいさっぱり流せてしまいそう。


LAもベガスも好きだけど、やっぱり宮崎最高!


05 : 19 : 59 | 雑談 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
ミチアンナイ
2011 / 03 / 04 ( Fri )




今週末金・土と働く予定だったサッカーのイベントをLast minutesで人に押し付けて(笑)、土日の二連休を書いて字のごとく死守しました!!

二日とも休みなんていったいいつ以来だろう・・・涙がでるわー

もー夜働きすぎて(めちゃめちゃ堅気な仕事です、ベガスなのに。嫌になるほど堅気)、朝4時とかに寝ようとしても眠れない。日が昇るころやっと眠りにつく感じ。


はー大人ってなんだろね。人にされたら嫌なことをなるべくしない、それでいいでしょ。


誰かのせいで人生が狂っただなんて、聞いていてそんなに格好悪い発言ない。
その都度、最終決定は自分でしてきたのだから。自分で軸を持ち直してまたやり直せばいい。

人のせいにしてたってその分だけあとから自分に「気づく」ときの辛さや苦しさが増えるだけだよ。

なら最初から自分でしてきたことだって認めたほうが楽だし、出直すスピードが出る


相手に傷つけられた、そうどっぷり思い込んで疑わない自分が少し前に居た。

でもほんとうに傷つけられたの?

相手は私を傷つけようなんてつもりはきっとどこにもなかった


相手に、自分をざっくり刺されて深い傷跡を残すぐらいの価値を、意味を与えていたのは自分。

どうでもいい相手だったら痛くも痒くもないようなこと。


だから傷を「付けられる」 こともまた、自分の決定だった


傷を回避できる道なんてきっといくらでもあったはず。



遠い過去近い過去、一昨日、昨日

その都度自分の起こしたアクション、自分の発した言葉、作った感情

ひとつひとつ飲み込めていっているようで、全然消化されていない自分自身の行動のConsequence(結果)


私は迷い虫。




小さい頃、夏休みに延岡のばあちゃんちの近所を歩くとよくいた、派手な色した変な虫、「ミチアンナイ」

「道を教えてくれるから道案内って言うんだよ」って、日傘を差したばあちゃんが背後から私に言ってた。

確かに自分の数歩手前をチロチロと歩くその虫に、いっそ着いて行けるところまで着いて行ったらどうかなあって思ってた。


小学校2年生のときお母さんがガンの手術で何ヶ月も入院して、私は弟と妹と一緒に三人で伯母の家に預けられてそこから学校にバスで通って、夏休みはずっとおばあちゃんちに預けられてた。

その数ヶ月間の記憶は、子供の頃の思い出の中でも一段と鮮明に覚えてる。そりゃ、日常と違ったんだから当然かもしれないけど。

あのとき8歳の私が一番しんどいと感じていたのは、両親と離れて過ごすことでもなく、遠いところからバスで学校に通うことでもなく、お母さんが重い病気だったことですらなく、

まだ小さい妹と弟が周りに手を掛けること、だだをこねたり泣いたりすることだった。

彼らのことが可愛いから心配だったのでは決してなく(そんなに大人ではない)、二人が周りの人に手を掛け、世話をされ、周りの人たちの日常を変え、気苦労をかけている

その様子を近くで全て見ていなければならなかったこと、その日々の現実をただ受動的に目撃してどうしようもないのに同じ場所で同じ時間を過ごさなければいけなかったこと、

何ひとつ、見ずに済ませたり無関心でいたりできなかったことがしんどかった。


大人になるってこういうことかな。自己と他者の間に、ポンと壁を置けるようになること

ブロックしたいものは簡単にブロックしてしまえるようになること

自分が生きていくこと、日々の生活を「こなして」いくのに邪魔になる感情を切り捨てるのがどんどん上手くなっていく

それが大人になるってこと



ミチアンナイはどこにも連れてってなんかくれない。無責任。

でも、8歳だった私はあのとき、遥か後ろで「もう歩きたくない」と泣いてだだをこねる妹と歩みの遅い弟の手をなんとかひいているばあちゃん その全部から逃げて、ミチアンナアイにすがって着いていきたいとぼんやり思った。


私は今も、迷い虫。


ただね、自分が道に迷うだけならいいけど 大事な人をもまでも迷わせちゃいけないんじゃないかって・・・・



今少し調べてみたら、ミチアンナイ(ミチシルベらしい)はお墓に案内するんだって。そして絶滅危惧。

なんかドキッとした。

着いていかなくて良かったんだ


着いていって、暗い墓地なんかにたどり着いて 帰り方も分からなくて

きっと死ぬほどおばあちゃんを、妹を、弟を恋しく思って途方に暮れることになったんだろう

病院で横たわってるお母さんのことを急に思い出して泣きたくなっただろう


わんわん泣く妹の声とおばあちゃんの困った顔と泣きたくなるくらいの暑さで、セミがうるさくて家はまだまだ遠くて

それでも我慢して、あの場から逃げなくてきっと良かったんだ



朝6時、寝る時間です。おやすみなさい。










08 : 10 : 28 | whats in myself | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
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