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君の未来
2011 / 04 / 30 ( Sat )
高校での仕事も残すところあと僅か。

と同時に、長かったアメリカでの生活の終わりも着実に近づいてます。

うちの高校の男子バレー部は伝統的になかなか強く、毎年のようにプレーオフに進出します。

今年もプレーオフはほぼ間違いなく、レギュラーシーズン残すところあと二試合。

去年はリハビリを数人抱えていたけど今年は怪我らしい怪我もほとんど無く、選手達が身体面で思うようにプレーできていました。それがどれだけATCにとって意味のあることかは言うまでもなく。

ところがここに来て、アウトサイド(ポジション)の二年生が膝を負傷。

この子は、私が二年前にここに配属になったときに新一年生だった子でいきなりアメフトの練習で脳震盪をくらい私の事実上初仕事となった子でした。

体もまだ細く、決して賢い子ではなくどちらかと言うとボーっとしてて勉強もいまいち、人の言ってることが分かってるんだか分かってないんだか・・・という子。

特に才能があるわけではないけどスポーツは大好きで、夏はアメフト冬はバスケ春はバレーと、常に何かやっていた。そして、毎日のように私のトレーニングルームに来ては何かして欲しがる。

大した用事はないけどいっつも立ち寄って、何かちょっとしてあげればすぐに満足して去っていく。

トレーニングルームを休憩所と勘違いして居座りたがる選手ははよくトレーナーに煙たがられるけど、この子の場合はそういうわけではなく、ふらりと来て何かを貰えばすぐに満足してそれ以上私をBotherすることはない。

そして「ありがとう」を必ず忘れない。

今時の非常識な親に育てられた「ありがとう」「ごめんなさい」を言えない子が後を絶たない中で、こういう子は世話をしてて気持ちがいい。


二年間毎日見てきて、気づいたらもやしっ子だった体もだんだんアスリートの体になりつつある。背も伸びてきてポテンシャルの高さが目に見えて分かるようになってきた。

去年は遊びの延長だったバレーも、気づいたら一軍のレギュラーとして欠かせない顔になっていて。
一体いつ覚えたの?! って思わず目を疑ってしまうようなスパイクを見せるし、練習中のハングリーさ、真剣な表情も二年前とは全然違うものになってる。

一年中違うスポーツをやってたくせに、バレーのシーズンに入ったらまるっきり立派なバレー選手になっていて習得の早さに驚かされるばかり。


今までどのスポーツのシーズンにも何十回と「ここが痛い」と私のところに来てたけど、毎回次の日には何もなかったように練習を再開してた。だけど今回の膝の怪我は、ひと目みて何か違った。すぐにMRIだって思った。

だけどここからがこの仕事の現実。


家が貧しく、充分な保険が無い。

両親は当然離婚していて母親が毎日仕事漬け。私が「すぐにでも病院へ」と医師への紹介状を送ったところで、お決まりの聞き飽きた台詞 「そんなお金はない、時間もない」

「どうすればお母さんは病院に連れてってくれる?私に何か出来ることはある?」

そう私が聞いても、下を向いて首を横に振るだけ。

「お母さんはバレーをやってること知ってるんでしょ?試合に出なきゃいけないことも」

「うん。でもお母さんはそんなことどうだっていいから」


こんなやりとりも実はあらかじめ読めていたけど、それでもやるせなくてただ悲しい。

二年前に重い脳震盪を負って私がこの子を救急車に乗せたときも、この母親は電話口で「夜まで仕事だから抜けられない」 と怒ってた。

「My mom don't care, you know」

今回も知っていたけどやっぱり言わせたくなかった台詞。ごめんね。


3つもスポーツをやって一年中鍛えてるのに、いまいち筋肉が付いてきていないのは栄養に原因があるんじゃないかと疑ってる。前に私が誰かにピザをホールでもらって余っていたときにこの子に「ピザ食べる?」と聞いたら、「ピザはもう飽きた」とボソッと言っていた。

会ったこともない母親を私は知らない。これだけ常に何かの試合に出ているのだから、普通だったら応援に来て顔見知りになっていてもおかしくないのにただの一度も顔を見たことは無い。

息子にとってスポーツがどれだけ人格形成に大きな役割があるか、知らないのかな。知っていてもどうしようもない現実があるの?でもせめて気にかけていれば、あんなことを息子は言わないんじゃないだろうか。

あと二年して高校を卒業したこの子が大学に行くことができるのかは私には分からないしそれを見届けることもできない。でも、同じような家庭環境の子供達を大勢見てきた。高校を出て大学に行くことのないまま働き始めた元選手たちは、卒業したあとも試合に顔を出して懐かしそうにフィールドに来る。

あの子たちの人生に、高校のとき夢中になったスポーツの思い出や自分の活躍した記憶がどれほど大きな意味を持つものか私には分かる。それはきっと思春期に何か夢中になれるものを持っていた人には誰にだって分かるはず。

私はこの子の晩御飯を作ってあげることも、栄養のある食事をするお金をあげることは愚か、医師の判断を仰いで今の彼が受けるべきベストの治療を受けさせてあげることも出来ない。無力、の一言。

この子のポテンシャルが不十分な環境によって最大限に伸ばされないこと、それは「仕方の無い」ことなのかな。

去年の暮れに女子サッカーの一年生でACL(前十字靭帯)を切った子がいた。

メキシカンの親は英語がまったく分からず、私は話をすることもできなかった。

この女の子は、試合に出させなかった私を恨んでた。「両親は医者になんか連れて行ってくれない。手術なんて受けさせてもらえない。だからもうサッカーはやらせてもらえないのね」 って怒った目で言い放たれた。



私の両親は私がやってた体操にさして興味はなかったけど、必要なことは全て、いやそれ以上してくれた。

それを当然、当たり前だと思っていた。

練習から疲れて帰れば栄養のあるご飯を食べさせてくれた。必要ならば車で練習まで送り迎えしてくれた。

体重を減らさないといけないからと言えば、低カロリーで栄養のあるお弁当を持たせてくれた。

膝(ACL)の手術で2ヶ月も入院していられた。学校の先生達も協力して下さったしクラスメイトはノートを取ってくれた。

今でも残ってる逸話(?)だけど、学校の友達だけでも全部で50人ぐらいお見舞いに来てくれた(笑)この場を借りて、ありがとう。

やれ国体だインターハイだってなれば、親は頑張りなさいと言って送り出してくれた。きっと救急車で運ばれようもんならお父さんも職場からすっ飛んで来てくれたに決まってる。


私が持っていた環境の数分の一でもこの子たちが持てたら・・・。

何もしてあげられなくて、ほんとにごめんね



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コメント
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で、どうなったの?病院いけず?

残念の一言やわ。
by: tamugonkotaroaki * 2011/05/01 16:15 * URL [ 編集] | page top↑
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行けずじまい。
明日見てみて、どうかだね。
by: あき * 2011/05/02 04:24 * URL [ 編集] | page top↑
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