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ビンラディン
2011 / 05 / 02 ( Mon )




昨日から新しいルームメイトがきた。タイ人の女の子。

これでこの家の最大勢力は日本人からタイ人へと変わりました。がんがん聞えてくるタイ語はただの一言も覚えられそうにありません。。。

一緒に住むのはせいぜい2,3ヶ月かな。

ビンラディンの死をすごい勢いでアメ人が祝ってる。

当然のように。

そういうもんなの?そうだったの?

特に、身近に感じている人たちが「アメリカマンセー」とここぞとばかりに言っているのを見て戸惑いを隠せない。

ビンラディンの死を以って「アメリカ人に生まれて良かった」と皆。

すごく壁を感じた。アメリカっていう国は「アメリカ人」という感覚がとても広いから、こっちの人らにしてみれば私だって立派な「アジア系アメリカ人」 なんです。

適当な国民性にすっかり慣れて自分と「アメリカ人」がそんなに違うものだという感覚はあまり無くなっていただけに、根本的な違いをここまで感じる機会ってそうない。


見つけて殺してしまえばそれで「正義を達成」 と手放しで喜ぶって、戦争を目的とした戦争でしかなかったのか。

身柄を確保して関係組織の危険な人物を洗い出したり、これ以上争いの原因となることが増えぬよう裁くんじゃないんだ。殺せばそれでいいんだ・・・


「Suck it, Bin Ladin」

なんて友人は言ってるけど、バンと撃たれてしまえばそれまでで、もっとこの人物にふさわしい罰され方はいくらでもあったんじゃないだろうか。

ただ殺してしまっておしまい、ではなく 受けるべき罰を受けて更にその存在を利用してより多くの人の平和に繋がるような彼の命の使い方があると考えるのが当然なのでは?

この戦争の目的が「平和」ではなく「復習」だったことが少なからず衝撃だった。

そしてそれ以上に、それが「アメリカ人」たちにとって当然のことだった、それがもっと衝撃的だった。


復讐から何が生まれる? それに対する復讐だ。


Facebookが次々と「アメリカ万歳」「オバマ政権万歳」の喜びの声で埋め尽くされる(私の友人知人の声で)中で、友達Paulの言葉がとても救いに思えた。


I know that the initial reaction to Bin Laden's death may be one of elation, but should it be? To celebrate death just doesn't feel right. Isn't that what terrorists do, celebrate death? Celebrate justice, celebrate some measure of closure for those impacted by 9/11, but let's not celebrate death. We're better than that.

ビンラディンの死に対する最初のリアクションが高揚感なのは分かる。だけど、そうであるべきか?
死を祝うのは何か違う気がする。それは、人の死を喜ぶというのは、テロリスト達がやることじゃないのか?
September11の犠牲者たちにとっての何らかの締めくくりを祝うのはいい。
だが、死を祝うことはやめよう。私達はそれよりも優れているはずだ。


東日本大震災。9-11なんかとは比較にならない数の犠牲者がいる。

当事者の方々にしか分かりえない深い深い悲しみの中にあって、そこに憎む相手が居ないのは幸いだと思うのは間違ってるだろうか。

恨む対象となる人間が存在すれば復讐をと、同じかそれ以上の苦しみをと、願うのは人間の性かもしれない。

ただそれで終わってしまっては犠牲になった人々が報われない。










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